瀬山登の銅座像
2008-05-09
この写真は朝の散歩の途中に撮影したものです。
丸亀名産のうちわは、江戸初期に金比羅参詣の土産物として、朱赤に丸金印の渋うちわが
作られたのが始まりといわれています。
天明年間(1781〜1789年)には、丸亀藩江戸詰大目付瀬山登(この写真の銅座像)が
丸亀藩の下級武士の内職として奨励したこともあり、丸亀の代表的な地場産業として発展
を続けました。
現在の生産量は年間約8,300万本、全国シェアの90%を誇り、平成9年5月、国の伝統的
工芸品に指定されました。
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太助灯籠
2008-05-08
この写真は今朝の散歩の途中撮影したものです。
かつて金毘羅詣での客で賑わった丸亀港のシンボルといえば、この太助灯籠です。
旧金毘羅五街道・丸亀街道の出発点にあたり、琴平の高灯籠までの 150丁(約12km)の
道のりを参拝客はこの太助灯籠(たすけとうろう)を目印に丸亀港に入港したそうです。
今も残る船着き場「新堀湛甫(しんぼりたんぽ)」(1833年建設)に、江戸在住の人々(千人講)
が浄財を出し合って天保5年(1834年)に完成。台座には「江戸講中(こうじゅう)」と、そして灯籠
の側面には寄進者や世話人ら1,357人の名前が刻まれています。
寄進者の中で、最高額の80両を寄付した「塩原太助」の名にちなみ、「太助灯籠」と呼ばれる
ようになったといわれています。
その後、近くにもう2基の灯籠が建てられたそうですが、第二次大戦で金属供出されたそうです。
危うく難を免れた太助灯籠は、昭和41年に補修、昭和53年には往時の姿そのままに復元され、
昭和61年にはその位置を一段高くして、今も丸亀港の航海の安全をを見守り続けています。
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京極大橋から讃岐富士を臨む
2008-03-31

この写真は京極大橋から讃岐富士を撮影したものです。
今朝は散歩のコースを変更して丸亀港をまたがってかかっている京極大橋を東に向いて渡りました。
たいこになっている橋の最上部からですが、雲がおおく青空が見えないうえに逆光で全体が暗くて見えにくい写真になってしまいました。
右端に写っている丸亀城がほんのり桜色でした。
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